景光山くらしき不洗観音寺
不洗観音寺TOPページ ご祈祷rの種類と奉納料 観音寺縁起 祈祷ご案内 年間行事案内 戌の日カレンダー 三十三観音巡り
施設案内 観音さま 一生の祝事 交通ご案内 厄年早見表 Q&A 永代供養

観音さま
豊かな心

朝、起きて、会社に行って仕事をする。帰って来て、食事をして寝る。同じリズムで流れていく日月火水木金土・・・人間というものはこういう道をたいていのときは、すらすらとたどっている。ところが、ある日、”なぜ”という問いが頭をもたげる。すると驚きの色に染められた倦怠の中ですべてがはじまる。すべてがはじまる−これが重大なのだ。(新潮文庫「シジフォスの神話」より)

確かに私たちがよく経験するところです。毎日、毎日、一生懸命、キチン、キチンと働いている。ところが、ある日、ふと”これが人生というものだろうか?生きるとはこういうことだったのだろうか?”という疑問が頭をよぎります。そのふと気づいたことを「ああ、こんなものだろう」と忘れて、もとの気付く前の生活に帰っていくか、あるいは”ふと”を大切にして、改めて人生について考えるか、どちらかでしょう。

今日の、世界に誇れる物質の豊かな日本社会は、それ自体とてもすばらしいことです。その一方で、”何か取り返しのつかない大切なもの”を失ってしまいました。ー心ー近来、物質の繁栄と逆行して人間の精神の面が見直されてきました。巷では”豊かな心”を取り戻そうとする気運も広まってきました。宗教に対しても、見直されつつあります。仏の教えこそ”豊かな心”を回復させ得るのです。

日頃、人から親切にされると、「あの人は仏さんのような人だ。」とよくいいます。 ”仏さんのような”ではなく、まさに、”仏”そのものなのです。弘法大師 空海(普通”お大師さん”と呼ばれます)が、「仏法遥かに非ず、心中にして即ち近し」といわれました。仏法という仏さまとか仏さまの教えは、遠い手の届かないところに居るのでなく、もっともっと近い私たち自身の心の中におられるのです。

合掌した仏さまをごらんになったことがあるでしょう。なぜ、合掌されるのでしょう。
仏さまは私たちに、手を合わされているのです。「あなた自身の心の中に、仏様がおられますよ。早く、その尊い心に気付いてください−。」と手を合わせて祈っておられるのです。

観音さまはどんな仏様

毘沙門さま、聖天さま、不動さまとか多くの仏さまがおられます。私たちが生活していく上で、どのようにしたら幸せになれるかを説いた仏教の教えを、それぞれの仏さまの形で象徴して、寺院でおまつりしているのです。日本全国の寺院で、観音様が一番たくさんおまつりされています。西国三十三カ所など、多くの観音霊場があるように私たちに一番親しみがある仏さまが、観音さまです。

観音様は、インドではアバロキテーシュバラといいます。これを中国で、観世音菩薩、観自在菩薩と漢字に直されました。この名の通り、世の中の音を観る、自在に観るということです。

「観音経」の一節に「もし無量百千万億の衆生があって、もろもろの苦悩を受けるに、是の観世音菩薩を聞き一応に名を称ふれば、観世音菩薩即時に其の音声を観じて皆解脱を得しむ」とあります。一心に観音の名を称えれば、色々な姿に変わって、どんな私たちの悩み苦しみも見逃すことなく救ってくださるという意味です。ですから、観音さまに願いをかければ、何でもかなえてくれるのです。

観音さまの教え

観音さまは、蓮の花を持たれています。蓮の花は沼地に花を咲かせます。汚い沼地に根を下ろしても、その汚れをよそに、佳麗な華を咲かせるのです。人の心も同じです。たとえ環境が悪くても、清浄なすばらしい心をもっていられるのです。人間だれしも、仏・観音さまの心をもっていることを、蓮は意味しています。観音さまの心とは、どんな心でしょう。観音さまは、私たちのどんな苦しみも解決して下さいます。が、観音さまの本当の願いは、私たちが観音さまになることです。観音さまが私たちを救われるように、私たちも周りの人々を救うのです。これはたいそうなことではなく、ちょっとした思いやりです。人々の心の苦しみをとり、楽しい思いにさせるという抜苦与楽(ばっくよらく)、すなわち”慈悲”の心です。

慈悲の”慈”とは友情、この友情は特定の友のものではありません。また人間だけとも限りません。私たちをとりまく自然のすべて、鳥や魚、みんな友達です。同じ空気を吸い、同じ水を飲む仲間たちだ、と実感するのが”慈”です。

”悲”はうめき・痛み、友の痛みやうめきを、自分のものとして受け取る心、人の苦しみを自分の苦しみとして受け取る心です。大自然の喜びや苦しみを、自分のそれとして受け取れるのが「もののあわれ」です。”悲”です。ちょっと愛に似ています。しかし、裏切られると憎しみに変わるような愛ではなく、裏切られれば裏切られるほど相手をいとおしまずにはおられない、大きくて深い”愛”です。

この慈悲をもって、人間らしい道を生きていきなさいというのが観音さまの教えです。そうして、観音さまは、あなたがいま、そこにいるように、会いたいと思えばすぐ会えるように、私たちのすぐ身近に、私たち自身のなかに、さまざまな姿形をして、私たちとともにいらっしゃるのです。

 

 

 

 
TOP
最新情報
観音さま
施設案内
祈祷ご案内
一生の祝事
 
     
年間行事案内
交通ご案内
戌の日カレンダー
厄年早見表
三十三観音巡り
Q&A
 
               
Copyright©2004 景光山くらしき不洗観音寺All rights reserved.